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400年前の本番会場へ!二条城でたどる寛永行幸と2026年だけの特別な楽しみ方

重要文化財 狩野尚信筆 二条城二の丸御殿障壁画〈黒書院〉一の間 《桜花雉子図》(部分) 寛永3年(1626) 京都市(元離宮二条城事務所) ※冬期展示予定

後水尾天皇を迎え、5日間の華やかな宴が開かれた二条城。2026年は障壁画の原画公開と再現行列で、400年前の舞台をより深く楽しめます。

この記事で分かること

  • 二条城がなぜ寛永行幸400年祭で特別な場所なのか
  • 後水尾天皇を迎えた二条城で5日間に何が行われたのか
  • 2026年秋・冬に公開される二の丸御殿障壁画原画公開の見どころ
  • 12月6日の再現行列と二条城を一緒に楽しむポイント

京都文化博物館や泉屋博古館では、作品や資料から「寛永行幸」を知ることができます。

しかし、元離宮二条城には他の博物館にはない大きな特徴があります。

400年前の寛永行幸が、本当に行われた場所そのものだからです。

1626年9月、後水尾天皇は御所を出発。

約9000人に及ぶ巨大な行列で二条城へ向かいました。

そして二条城では5日間にわたり、徳川幕府による大規模なもてなしが行われました。

2026年は寛永行幸400年を記念し、二条城でも障壁画の原画公開など、寛永行幸にちなんだ企画が行われます。

京都文化博物館などで作品を見てから二条城を歩けば、展示の中で知った出来事を、実際に起きた空間へ重ねながら楽しめます。

寛永行幸の行列のゴールが二条城

元離宮二条城 二の丸御殿

元離宮二条城・二の丸御殿

そもそも寛永行幸が歴史的なのは、天皇が向かった先が「徳川の城」だったことです。

大御所・徳川秀忠と3代将軍・徳川家光が後水尾天皇を迎えました。

朝廷と幕府の融和を強く印象付ける大規模な政治的イベントです。

御所を出発した行列には全国の大名も参加。

二条城へ到着した後は、城内で豪華な料理、能、舞楽、和歌、管弦など、さまざまな催しが行われました。

つまり二条城は、

盛大な行列の「ゴール」であると同時に、5日間にわたる寛永行幸の舞台そのもの

だったのです。

後水尾天皇を迎えるため「行幸御殿」まで造られた

現在の二条城を歩いても、「行幸御殿」という建物を見ることはできません。

しかし1626年の寛永行幸では、後水尾天皇を迎えるために行幸御殿が設けられました。

行幸御殿には金銀を用いた調度などが配され、天皇を迎える特別な空間が整えられていました。

行幸後、行幸御殿は寛永5年(1628年)に仙洞御所へ移築され、現在の二条城には残っていません。

そのため今の二条城では、現存する二の丸御殿や二の丸庭園、障壁画などを見ながら、後水尾天皇を迎えた400年前の光景を想像することになります。

現在の二条城では見ることができない、いわば「幻の御殿」がここに存在していたと知って歩くと、城内の見え方も変わってきます。

行幸4日目、後水尾天皇と将軍が能を鑑賞

寛永行幸では5日間にわたり、さまざまな催しが行われました。

そのひとつが能です。

行幸4日目には、二の丸御殿大広間の南側に設けられた能舞台で猿楽(能)が行われました。

後水尾天皇の御座が設けられたのは大広間二の間。

その右には中宮和子、左には後水尾天皇の母である中和門院の御座が設けられました。

一方、大御所・徳川秀忠と将軍・徳川家光は大広間三の間から能を鑑賞しました。

通常、将軍が着座する大広間一の間ではなく三の間に秀忠・家光が座ったことからも、この日の主役が後水尾天皇だったことが伝わってきます。

現在の二の丸御殿を歩くときも、「400年前、この部屋から天皇や将軍が能を見ていた」と知っていると、空間の感じ方が変わります。

2026年度の「二条城障壁画 展示収蔵館」では、こうした寛永行幸と深く関係する部屋の障壁画を年間を通して紹介します。

9月10日から「大広間」の障壁画を公開

重要文化財 狩野探幽筆 二条城二の丸御殿障壁画 大広間二の間 松孔雀図

重要文化財 狩野探幽筆 二条城二の丸御殿障壁画〈大広間〉二の間《松孔雀図》(部分) 寛永3年(1626)京都市(元離宮二条城事務所)※秋期展示予定

秋期の公開は、

2026年9月10日(木)から11月8日(日)まで。

後水尾天皇一家が能を鑑賞した大広間の障壁画が展示されます。

秋期に公開されるのは、大広間一の間・二の間の《松竹錦鶏図》《松孔雀図》です。

説明会で特に紹介されたのが、大広間二の間《松孔雀図》に描かれた孔雀。

廊下との境に描かれているため、普段二の丸御殿を見学するときには角度的に見づらい部分です。

展示収蔵館では、その原画を間近で見ることができます。

二の丸御殿で「部屋全体の空間」を体験し、展示収蔵館で「400年前の原画の細部」を見る。

両方を組み合わせると、障壁画の楽しみ方がぐっと深まります。

二の丸御殿の廊下から見えている部屋の障壁画はほぼ全てが模写画

ここで知っておきたいのが、現在の二の丸御殿の障壁画についてです。

重要文化財である原画を将来へ残すため、二条城では1972年から障壁画を模写へ入れ替える保存事業を進めてきました。

現在、式台・大広間・黒書院・白書院では、廊下から見えている部屋の障壁画のほぼ全てが模写障壁画へ入れ替えられています。

取り外された原画は「二条城障壁画 展示収蔵館」で保存され、期間を区切って公開されています。

つまり展示収蔵館では、

400年前の寛永行幸の空間を実際に彩った障壁画の原画を、間近で見る

ことができます。

二の丸御殿と展示収蔵館は、どちらか一方だけを見るよりも、両方を見ることで本来の空間と作品の細部をつなげて楽しめます。

11月19日からは「黒書院」へ

冬期は、

2026年11月19日(木)から2027年1月17日(日)まで。

黒書院一の間・二の間の障壁画が公開されます。

公開されるのは《桜花雉子図》《楼閣山水図》などです。

黒書院は寛永行幸の際、摂家や大臣など高位の公家をはじめ、後水尾天皇に供奉した朝廷側の人々をもてなす場として使われました。

説明会では、特に二の間に描かれた華やかな桜の障壁画が見どころとして紹介されました。

秋期の大広間が「天皇や将軍が能を鑑賞した空間」なら、冬期の黒書院では「朝廷側の人々をどのような空間でもてなしたのか」という違った視点から寛永行幸を見ることができます。

寛永行幸400年は「障壁画制作400年」でもある

2026年は、寛永行幸から400年。

同時に、二の丸御殿を飾る多くの障壁画にとっても、制作から約400年という節目になります。

説明会では二条城の学芸員から、「寛永行幸400年は、障壁画制作400年でもある」という視点も紹介されました。

二条城の二の丸御殿は、1626年の後水尾天皇行幸に向けた大改修の際に整備され、狩野探幽を中心とする狩野派によって数多くの障壁画が描かれました。

展示収蔵館では作品を見るだけでなく、障壁画を未来へ残すために行われている修理や模写についても紹介されます。

400年前の文化を「見る」だけでなく、

それをどのように次の時代へ残していくのか

という視点まで知ると、原画公開の意味も違って見えてきます。

普段入れない場所も紹介する二条城からの生配信

説明会では、寛永行幸400年に合わせた新しい試みも紹介されました。

寛永行幸が実際に行われた9月6日から10日までの5日間。

その期間に合わせて、二条城から2026年9月7日に「ニコニコ美術館」の生配信も行われました。

【動画】寛永行幸400年を迎える、世界遺産・元離宮二条城を巡ろう

二条城の学芸員らが交代しながら、二の丸御殿などを案内します。

さらに、
寛永行幸の歴史的背景や当時の様子を紐解きながら二条城内の関わりの深い場所を巡ります。

現地を普通に見学するだけでは知りにくい、寛永行幸の舞台となった二条城の裏側まで知る機会になると思います。

二条城を訪れる前後に見ると、現地で注目したい場所が増えるでしょう。

そして12月6日、400年後の行列が二条城へ到着

2026年12月6日には、京都御苑を出発した約330人の寛永行幸再現行列が二条城へ向かいます。

400年前とまったく同じルート、同じ規模ではありません。

当時の行列は約9000人規模だったとされますが、今回はその特徴を約330人に凝縮して再現します。

行列の中心となるのは、

  • 中宮和子行列
  • 将軍家光行列
  • 後水尾天皇行列

の3つです。

京都御苑から二条城まで、約3kmを進みます。

その終着点が二条城です。

普段であれば世界遺産として訪れる二条城。

2026年は、

「400年前、ここに後水尾天皇や徳川秀忠・家光、全国の大名たちが集まっていた」

と想像しながら歩くと、いつもとは違った景色に見えてきそうです。

特に秋期の展示収蔵館で大広間の障壁画を見たり、二の丸御殿で能鑑賞の舞台となった部屋を確認したりしてから12月6日の行列を見ると、展示・建物・再現イベントが一つの物語としてつながります。

京都文化博物館、泉屋博古館と合わせて巡りたい

京都・寛永 つながるミュージアム

京都・寛永 つながるミュージアム

2026年秋の京都では、二条城だけでなく、複数の美術館・博物館が寛永をテーマにした企画「京都・寛永 つながるミュージアム」を展開します。

京都文化博物館では、寛永文化と寛永行幸を軸に、江戸時代初期に花開いた京都文化の粋を

泉屋博古館では、400年前の行列と観衆を描いた『二条城行幸図屏風』などから、寛永行幸と当時の文化人を掘り下げます。

そして二条城では、

その出来事が実際に起きた「現場」

を歩くことができます。

京都文化博物館で「時代全体」を知り、泉屋博古館で「行列や文化人」を見て、二条城で「実際の舞台」を歩く。

3か所を巡った上で12月6日の再現行列を見ると、作品として見ていた400年前の出来事が、現在の京都の街とつながって感じられそうです。

これが2026年ならではの「寛永行幸」の楽しみ方です。

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二条城障壁画 展示収蔵館 秋期・冬期

秋期
2026年9月10日(木)~11月8日(日)
『大広間』一の間・二の間の障壁画を公開

冬期
2026年11月19日(木)~2027年1月17日(日)
『黒書院』一の間・二の間の障壁画を公開
※12月29日~31日は休館

場所
元離宮二条城「二条城障壁画 展示収蔵館」

入館時間 9:00~16:30(閉館は16:45)
※元離宮二条城の入城受付は、16:00まで

入館料 100円(未就学児無料) ※別途入城料が必要

秋期と冬期では公開される部屋と障壁画が異なります。

寛永行幸そのものを感じたいなら、後水尾天皇が能を鑑賞した大広間の障壁画を見られる秋期は特に注目です。

一方、冬期には朝廷側の人々をもてなした黒書院の華やかな障壁画を見ることができます。

二の丸御殿の空間と展示収蔵館の原画を合わせて見ることで、400年前にこの場所で行われた寛永行幸を、より具体的に想像できるでしょう。